夢への軌跡

《夢が叶うまでの時系列》

【2007年】

【4月】大学の農学部に入学。食品化学・酵素化学・微生物学・有機化学・肥料学・発酵食品学などを学ぶ。オペラ合唱サークルに入り、現在の相方と出会う。実験授業のレポート課題作成とサークル練習とテスト勉強の日々が始まる。

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【2009年】

【夏】 一人暮しだった相方と「食生活」のことで口論になり、自分が上手く説明できないこと・そもそもちゃんとした知識がないことにひっかかる

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【2010年】

【7月】 食(当時は主に野菜)について自分で勉強したくて、研究室を辞める。卒業単位を授業で稼がなければいけなくなり、4年の後期にギリギリ取れる。野菜ソムリエ(初級)を取る。中級は講座だけ受けて試験は受けず…

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【2011年】

 大学卒業間近、3.11が起こる。青果物の販売会社に就職。店舗で接客をする傍ら、商品説明や料理提案のPOPを作ることにハマる。3.11のショックが頭に残り、「いつ死ぬかわからないんだから、後悔しないためには何がしたいか?」を考え続け、食の入門書を出版したいと徐々に思うようになる。

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【2012年】

【1月】 本社の伝票処理に異動になる。出版社に出版についての資料を請求するが、たまたま備考欄に書いた企画を見た方が興味を持ってくれて電話をくれる。その後、「とりあえずちょっとずつでもいいから原稿書いてみて」と励まされ、たまに進行状況確認の電話をもらいながら休日に少しずつもくじを考えたり調べたりする。

【4月頃】勤め先の本部長の発案で、会社主催で「フルーツ&食育ドリプラ」を11月に開催することになる。これが私のドリプラとの出会いとなる。私の同期3名と先輩2名で運営することになるが、当時ドリプラというものを全く知らず、本部長のドリプラでのお知り合いの方を紹介していただいたり他のドリプラを見に行かせていただく。そこで出会った方とは個人的に仲良くなり、その後も私はお付き合いさせていただくことになる。

私は同期3名分のプレゼン用ムービーを作成したり、パンフレットの作成・アンケート用紙の作成・記念バッジ作成・備品の発注など、裏方業務に追われる。

【11月24日】フルーツ&食育ドリプラを開催する。当日は私はお知り合いになった方と一緒に司会をする。かなり準備や当日もバタバタしたが、充実感が得られたイベントとなる。

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【2013年】

【1月~11月】知り合ったドリプラの方の中で、数名とより仲良くさせていただく。夢への悩み相談をしたりセミナーに参加させて頂くなかで、徐々にドリプラ関係の色々な方とお知り合いになる。夢に向かって行動している人と沢山触れあう中で、自分の「出版したい」という夢がどんどん膨らんでいく。出会った方に「こんな本が書きたいです」と言えるようになる。

【12月頃】フルーツ&食育ドリプラで一緒に司会をして下さった方へ個人的な相談をしに行った際に、自分の夢の話になり「今できている原稿で小冊子を作って、配ってみたら?」とアドバイスをもらう。

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【2014年】

【2月23日】その方の起業三周年パーティーで、料理教室を開催している先生やドリプラジオをしている方とお知り合いになる。以降、料理教室に参加させて頂き料理の作り方楽しみ方を教わる。

【3月頃】以前は数ヵ月に一回電話を下さっていた、応援してくださった出版社の担当者の方からそういえば電話こないなーと気付く。現在の状況のご報告も兼ねて電話をすると、退社されたことを知らされる。電話で励ましていただき、本が作れるかもと思うきっかけを下さった方だったので、最後にお礼を言いたかったと感じる。いずれ出版できた際にはその方に「あぁ、ちゃんと頑張れたんだ」と思ってもらえるように頑張ろうと決める。

【7月5日】ドリプラジオイベントに参加させて頂き、懇親会でかなりビクビクしながら自作の名刺交換、そして小冊子20部をお渡しする。その中で小冊子を気に入って下さった方々から色々な提案を頂く。ある方には「専用のHPを是非作りましょう!」と言っていただき、このHPを9/23にお手伝いしていただきながら作成する。また、農業ドリプラを主催している方々には「是非農業ドリプラ2014のプレゼンターにエントリーしてみないか」と誘っていただき、懇親会の翌々日〆切のエントリー応募に間に合わせる。

【7月末頃】なんと、受かってしまう。そしてそれから11/29本番までの4ヶ月間、人生を変えるための挑戦が始まる。

【8/22~23】農業ドリプラ2014の最初の集まり、相互支援会合宿に参加する。ここで始めて他にどんなプレゼンターがいるのかお会いして知ることになる。どの方も、起業してすでに夢へ2歩も3歩も先を歩いているような凄い方ばかり・・・・・・私、農業っていっても本だし、もしかして場違いなんじゃ・・・・・?と凄く焦る。合宿の講義では「農業ドリプラに出ることで、みなさんに夢を叶えられる人間になってもらう」「お互いを応援する、相互支援の気持ちを大切にすること」など教わるが、その意味を私が実感するのはまだ先のことになる。

【9月12日】農業ドリプラ2014の2回目の集まり。少し、プレゼンター仲間と話すようになる。この日はプレゼンの映像音楽についての講義や、仲間同士でお互いの夢を広げていくための意見出しの方法を実践してみる。そして、この日がパンフレット掲載内容のデータ提出〆切となる。これからプレゼンや企画書を作るために沢山考えることになるので、もう先にパンフレットが固定されてしまうことに若干不安を覚える・・・

【10月11日】農業ドリプラ2014の3回目の集まり。一部のプレゼンターと仲良く話せるぐらいになる。この日はアクションプラン(私でいう出版企画書)の作成方法の講義を受ける。そして、スタッフなど含めた7人ほどのテーブルごとにプレゼンター3名ほどが各自できてる状態でプレゼンを発表する。私のプレゼンに対しては「どうして本という媒体なのか?」「どうして手描きの絵を使うのか?」などの疑問を頂き、自分で考え直す良いきっかけを頂く。また、プレゼンター仲間から、うんこのキャラクターの絵依頼を受ける。

【10月24日】農業ドリプラ2014の4回目の集まり。毎回集まりごとにテーブルメンバーが違うので、この日でほぼ全員のプレゼンターと話したことになる。けれどもお互いの夢意外に私はなかなか雑談しなかったため、ちょっとさびしくなる・・・雑談って苦手なんだよなぁ・・・

【10月25日】農業ドリプラ2014の5回目の集まりであり、Final Evaluation(最終審査会)の日。全員がスクリーンを使って各自の現時点でのプレゼンを発表する。今までの集まりとは違って、農業ドリプラスタッフやメンター以外の人も見に来てくれたため、プチ本番のような気持ちになる。マイクの使い方や台詞のタイミングなど、問題点が浮き彫りになる。私は、プレゼンを見て頂いた方から「イラスト凄くいいね!」「本番でプレゼンしたらイラストの依頼がくる可能性すごく高いよ!準備しておきなね」と言っていただく。嬉しい反面、イラストで表現することは手段のひとつであって、もっと夢の内容が魅力的だと伝えるための工夫が必要だと感じる。

【11月21日】農業ドリプラ2014の4回目の集まりであり、リハーサルの日。一応この日がプレゼンデータの提出〆切日となるが、全員が納得いく状態まで出来ておらず、データ管理のスタッフの方に無理を承知で期限延長を頼みにいく。私はなんとかデータは完成していたものの、台詞の多さをなんとかしたいと思いながら、映像に合わせてプレゼンするのでいっぱいいっぱいの状態になってしまう。最後に実行委員長の方から、「もっと想いを強烈に込めないと、伝わらない」と言っていただき、はっとする。

【11月22~28日】各自、プレゼン磨き・ブース作成・アクションプラン作成に没頭する。プレゼンターだけのグループチャットを作ってもらったため、みんなの進行状況や悩みなど共有化し、この1週間でプレゼンターという仲間の絆が一番深くなる。この期間中にそれぞれがデータ管理のスタッフの方に完成したプレゼンデータを送る。私はこの他にブースに置く名刺やチラシやポスター、お礼状の印刷を業者に頼む。名刺はデータに不備があったことに後々気付き、真っ青になる。

【11月28日】農業ドリプラ2014の5回目の任意の集まりであり、アクションプラン(私の場合は出版企画書)の提出日。私は風邪をこじらせてしまったため&ブース作成やHP調整が間に合っていなかったため、アクションプランだけ提出してとんぼ返りする。チラシやポスターやお礼状が自宅に届く。自分がデザインしたものが大量生産されたことに感動しつつ、作業を行う。

【11月29日】農業ドリプラ2014、本番。東京国際フォーラムで、1000人が入る会場にてプレゼンをする。本番直前にトイレにお財布を落としたり、本番中鼻水がとまらなかったり、原稿めくりに失敗してしまったりしたが、なんとか想い・感情込めてプレゼンすることができる。見てくださった方から「面白いと思う!ぜひ読みたい!」という反応を沢山頂く。その後はとにかく気が抜けてしまい、懇親会で食べまくった記憶しかない・・・

【11月30日】風邪をこじらせる。

【12月1日】アルバイト先の会社でお昼休み中、Facebookに「農業ドリプラに出場するということをずっと悩んでいた」という内容の日記を書く。(本HPの日記にも同じものを転用)20人近くの方々から励ましのメッセージを頂き、嬉しさのあまり帰りの電車で鼻水をすすり続ける。

【12月10日、17日】農業ドリプラでスタッフをされていた方が主催する創業スクールに参加する。マーケティングや起業するときの書類作成方法を学び、起業のことを身近に感じる。とりあえず個人事業主にはなっといた方がいいかなと思う。

【12月13日、20日】ロイヤルホストに相方と夕方~夜にかけてこもる。ファミレスで集中して勉強できるじゃん!まるで漫画家みたいだ(@^▼^@)と、かなりうかれる。自宅、大学図書館、喫茶店以外に自分の集中できる場所をもっと見付けたくなる。次はホテルのカフェとかかな…

【12月23日】上野の進撃の巨人展に行く。生原画と、そのすごい展示方法に感動する。やっぱり漫画家はすごいわー!と改めて尊敬し直す。と同時に、漫画家は技術とアイディアとスピードをクリアして作品を作ってるのに、私はそれよりはるかに簡単なこの本制作をのんびりやってる場合じゃないなと渇を入れる。

【12月30日】夢の中で知らない女性から「私は3年後の未来が見える能力があるの。あなたのこの人生入門という本を出版するために、私が出版社で担当者になっているんだよ。この本は本当に素晴らしい作品として3年後評価されてるの。だからこれからその未来に向けて一緒に頑張りましょう」と言われる。あなたは誰?というとこで夢から目覚めてしまう。不思議な夢だったなぁ……………ほんと、誰?

【12月31日】実家の台所を7時間占領し、おせちを作る。(※完成図は日記参照)首すじのあいた洋服を着ていたため夜に頭が痛くなり、年越し中は爆睡。ぼんやり除夜の鐘を聞いたような…?

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【2015年】

【1月2日】福袋の戦場から家に戻った後、積ん読していた本10冊ぐらいを内容思い出すために拾い読みする。私は読書する時にマーカーで線を引いたりメモを書いたりかなりするが、以前読んだ時と今で着目することが違ったり、過去の自分のメモから新しい気付きがあったりして面白いなぁと改めて感じる。また並行して何冊も違うジャンルの本を読むので、違った考えや繋がりをかなり頻繁に発見できることが凄く面白いと実感する。

【1月20日】アルバイト先の会社で、なんと農業ドリプラ主催者の方の苺の販売を開始することになる。それに伴って私が生産者紹介POPを作成させて頂く。親しい生産者の方の想いの詰まった農作物を仕入れてお店で売るという環境に私がいさせてもらえていることに、改めて感動する。少しでも生産者の方のことを、買う人が身近に感じられるように、想像してもらえるように心を込めてPOPを作成する。農業ドリプラ主催者の方にも出来たPOPのデータをお送りしたところ、とても感動していただける。生産者と販売者と消費者をつなぐ役割はとても重要なのだなと身にしみて感じる。

【1月23日】農業ドリプラ発表後の久々の集まりに参加する。プレゼンして満足するのではなく、今後夢を叶えるためにどんな戦略でいくか「事業計画書」の更なるブラッシュアップの協力を沢山のスタッフの方々にして頂く。そこで考え溜めていた「夢(出版)を叶えるために、まずはどう稼ぐか(生活費など)」のアイディアを3つ披露する。好感触を頂き、具体的な戦略をねる。

【1月25日】高校の時の友人の結婚式に参加する。自分が結婚式をするタイミングは「胸を張って夢を叶えた状態になったら」「お金が貯まったら」と決めているので、29歳までに早く達成しなければと焦る。制限時間があるほど効率・質共に良くなるのでいいかな…

【2月2日】昨年11月末に出場した農業ドリプラプレゼンター仲間の一人から「2月にニンジン収穫体験イベントをするんだけど、もしよかったらそこで配布するニンジン説明プリントを作ってみないか?」と声を掛けられていたものが、完成する。(※日記2/2を参照)こんな感じでまとめたら、雑誌連載も可能ではないか?と気付く。後日、農業ドリプラの知人から「農業系の季刊雑誌を作っている知り合いがいるので、紹介してあげる」と嬉しいお言葉を頂く。このニンジン説明プリントを送って紹介して頂いたところ、「是非お会いしたい」と言っていただける。

【2月16日】農業ドリプラの最後の集まりに参加する。プレゼンター仲間の一人ひとりが夢に向かってさらに歩を進めていることに、とても勇気付けられる。多くの協賛会社の方・スタッフの方・そしてプレゼンターの仲間に支えられて、今の私があるのだなと感謝の気持ちでいっぱいになる。

【3月】ドリプラでの知人が絵の個展を開催するということで、フライヤーのデザイン依頼を頂く。また、農業ドリプラプレゼンター仲間の牧場へファームステイ体験に行った際に立ち寄った直売所で、リニューアルオープンする直営カフェのショップ案内カードのデザイン依頼を頂く。この2つが私の初めての外部のお客様になる。

【4月1日】2/2頃にお話をいただいた、農業系の季刊雑誌の社長・スタッフとお会いするために、その会社が開催するイベントに参加する。とても良い方々で、私が作成したニンジン説明プリントを非常に気に入ってくださり、初めてお話しするとは思えないほど話が弾む。なななんとその場で、農業雑誌「産直コペル」の連載原稿依頼を頂く。まさか、エイプリルフールの嘘…?と疑ってしまうほど驚き、はしゃぐ。

【4月10日】「産直コペル」の6月号用に、担当者の方に企画のラフ画を送る。OKを頂く。連載第一回目に向けて、母校の大学図書館に行ったり、アルバイト先の野菜仕入れ担当商品部長にお話を伺ったり、商品部長の紹介で生産者の方に直接電話で質問をしたりと、情報収集を始める。

【5月末】「産直コペル」連載第1回目用の原稿を担当者の方に送る。断裁時の切り落とし用余白の調整に手間取り、とても迷惑をかける。

【6月12日】「産直コペル」2015.7 Vol.12が自宅に届く。自分が書いたものが雑誌に載って、全国の読者のもとへ届いているということに感極まる。興奮冷めないままfacebookにお知らせをすると沢山の知人からお祝いの言葉を頂く。産直コペルの購入をしてくださる方もいて、ありがたい気持ちでいっぱいになる。

【6月15日頃】産直コペルのスタッフの方から、知人に宣伝するための配布用にと何冊か頂く。家族や祖母、心友、大学時代の友人、アルバイト先の会社、取材にご協力頂いた生産者さん、果てはお世話になっている美容院にまで渡す。

【6月17日】原稿料の請求書を作成しながら、ふと「これって個人事業主申請しなきゃいけないんじゃ…?」と焦り、昨年参加した創業スクールの資料を引っ張り出して調べて、あわてて税務署に開業届けなどの書類を提出に行く。いきなりの起業日になる。ちなみに業種は文筆業で申請したので、事業税はかからないらしい。

【6月30日】「読者から、アスパラガスのページに興味を持ちました。というお便りが届きました。好評です。がんばってください。」と、産直コペルのスタッフの方から教えて頂く。嬉しいと思う反面、もっともっと良い記事を作らなくては!!!と燃える。

【7月前半】産直コペルの次号の原稿を書き始める。農業ドリプラプレゼンター仲間(2月のニンジン説明プリントの件の方)から「野菜宅配に封入する、家族で食を楽しめるようなプリントを作って欲しい」と依頼を受ける。

【7月24日】産直コペルで2ヶ月に一回旬の野菜果実を取り扱う関係上、記事で使うためにイラストを描いている。このイラストを名刺のデザインに使えば季節ごとの名刺が作れると思い、名刺をリニューアルする。facebookに載せたところ、農業ドリプラ仲間から「うちの名刺も季節ごとのデザインで作って!」と依頼を頂く。つくづく、何がきっかけで仕事に繋がるかわからなくて面白いなぁ・・・と感じる。

【7月後半】産直コペルでの連載2回目原稿提出。今回は「桃」。メインタイトルの付け方に矛盾が生じて、担当者の方にすごく迷惑をかける。難しい…(;;)

写真・イラスト素材サイトPIXTAにて、今までに書き溜めた野菜果物のイラストを販売し始める。産直コペル8月号の原稿を提出する。キャッチコピー(メインタイトル)で苦戦を強いられ、担当者の方にまた迷惑をかけてしまう。すごく申し訳ない…。また、農業ドリプラプレゼンター仲間に「食を楽しむプリント」の原稿を提出するが、子供が読んでも面白いものの境界線に悩みながら訂正を重ねる。産直コペル6月号をアルバイト先の会社に持っていっていたため、社長や役員・社員の方にも読んでもらい、なんと会社のHPの記事更新を任せてもらえることになる。

【9月前半】産直コペルを発行している会社が主催する、POPラベルデザイン講習に参加する。商品パッケージの商品名ラベルの手描きデザイン方法を学ぶ。そして加工品パッケージデザインに携わる専門チームに入らないかと誘っていただく。

【9月後半】産直コペルでの連載3回目原稿提出。今回は「サツマイモ」。だんだん手際よく作成できるようになる。

【10月】昨年卒業した新百合ヶ丘創業スクールの、今年の初回授業で「卒業生の話」をすることになる。どんな風に役立ったか、今の活動はどんな感じかを、もう一人の卒業生仲間とパネルディスカッションさせていただく。少人数とはいえ、人前で原稿なしで話すのは初めてだったが、膝がガクガク震えながらもしゃべることができた。今後、人前で話す(講師などをする)ことも視野に入れて、練習する必要性を感じる。もう一人の卒業生と後日会って話す中で、一緒にセミナーをやりたいねと誘っていただく。

9・10・11月と立て続けに大学時代の友人の結婚式に出席する。27歳で結婚するってどんな気持ちなんだろう…と、ぼんやり考える。私はまだいいや。

【11月後半】東京ビッグサイトで行われた農業企業イベント「アグロ・イノベーション2015」で、農業ドリプラ経験者としてプレゼンする時間をいただく。プレゼン後はブースで農業ドリプラのチラシ配りをする。他に出展しているとこは大手企業などで、カッチリした方々ばかりで若干ひるむ。大手相手にも自身を持って自分をPRできるようになりたい。

産直コペルでの連載4回目原稿提出。今回は「温州みかん」。農業ドリプラのプレゼンター仲間に取材をさせていただく。

【12月】農業関係の研究所を束ねる「農研機構」が、新品種の試食料理教室イベントを行っていたので参加させていただく。前半の説明セミナーでは現代の日本の食現状や、栄養に関することをお話いただいたのだが、あまりにも面白くて引き込まれる。そして農研機構で学びたい、何かお手伝いしたい、働きたいと思い立ち、メールを送る決心をする。

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【2016年】

【1月】農研機構から返事は来ず…。社員の採用要件も年齢的にアウトなので、ひとまず忘れることにする。何か私の能力で欲しがってもらえるような実績をつくる方に力を入れようと決める。

【2月】一人暮らしを開始する。まさかこんなに早く実現するとは思わなかったが、トントン拍子で物件が決まり、無事に千葉県民デビューを果たす。

【3月】一人暮らしを始めて、自炊をしっかり行うようになる。昼食代が勿体なくて出勤日は欠かさずお弁当を持参するようになる。掃除洗濯は週2回、ベランダで大葉やハーブの家庭菜園も始め、自分がかなり理想通りのしっかりした生活を送れていることに自信を持つ。

【4月】早くも金欠ピンチ。貯金額が2万円を切り、目の前が真っ白になる。徹底的に贅沢しない生活を心に決める。世界は金でできている…

【5月】相当金欠ピンチ。アルバイトによる収入と支出がほぼ±0だということに気付く。お金ほしい。でも自分がやりたくないことはしたくない…。

【6月】ふと思い立ち、以前からすこし気になっていた「コミックエッセイ」の作品募集をしていないか探してみる。すると意外にも多くの出版社が募集をしていることを知る。その中で、よしたに先生が所属する「キトラ コミックエッセイグランプリ」の作品募集が6月末だとわかり、漫画をまともに描いたこともないのに応募することを決める。もともと漫画の描き方には興味があって本を集めたりしてはいたが、改めて自分で漫画を描こうとすると何もわからないことに気付く。コマ割り方法を調べ、用紙・ペンなどを集め、ノートに描きまくり、苦心の末に完成させる。ギリギリ応募に間に合う。全7ページ。トーンは使用せず。セリフはPOP作成ソフトで入力するが、実際漫画に使われているフォントとは違うものでつくってしまう。これで入選しなくても、8月末の他の出版社の作品募集に、少し手直ししたものを使いまわして送ればいいや~と、気楽に結果を待つ。

【7月】コミックエッセイへの初応募→落選。原稿を少し手直しして、他の出版社の「コミックエッセイプチ大賞」へ応募する。絵はうまくないが、内容は良いと思うんだけどなぁ・・・

【9月】コミックエッセイ2回目の応募→落選。だめだ、多数の応募が集まるとこに私も入るのではなく、圧倒的差をつけて出版社に持ち込む方が、まだ希望があるのではと気付く。出版社にとって嬉しい圧倒的差とは・・・すぐに出版にこぎつけられる原稿料だろうなぁ。とりあえず1冊分の原稿をちょこちょこ作り進めることにする。

【11月】産直コペルの出版元の会社に「原稿溜まってきたので、いずれは1冊の本として出版したいです・・・」と打診する。でも私専門家じゃないからなぁ。出版するとしたら専門家にしてもらった方がいいのかなぁ。ちなみに現時点で「ごちゃまぜ探索食記」の連載は9回目を越えた。

         【今日も楽しい戦いはつづく・・・・・・・】